無意識日記々

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Utadaにおける自己言及性の諸例

自己言及や自己批評といってもそんなに難しい話じゃあない。「今している事について触れる」というだけの事だ。「さぁカメラが下からグイッとパンしてタイトルロゴがどーん!」みたいなやつね。やっぱり直球表題ロボットアニメと発想が同じだ。いやまぁそんな事はさておき。

Utadaの歌詞では「今している事について触れる」内容が幾つもの見られる。"Automatic Part2"がその最たる例で、あれはひたすら自己紹介の歌である。「Virginに居て、今はIsland Defjam」だなんて歌ったもんだからこの曲が今後LIVEで歌われる可能性は絶望的だ。これは将来「Automatic Part3」を作って歌うしかないな。

そもそも、1stアルバムの「EXODUS」というタイトルからして「今している事について」である。"出国"。日本という国を出て新天地での挑戦を試みる。楽曲の"Exodus'04"に関しては内容は駆け落ちだなんだと言われるが、要は「お父さんお母さん心配しないで」と言いたいだけである。まずキーワードとして"Exodus"があり、そこから波が割れたり山や谷を越えたりといったストーリーが出来上がっていったのだろう。

その作品のオープニングとインタールード、"Opening"&"Crossover Interlude"もまた、自己批評的な歌詞である。「飛び越えたいのはジャンルとジャンルの間の壁ではなくて、あなたと私の間なの」という歌詞からは、このアルバムをジャンル分けせずに聴いて欲しいという思いが伝わってくる。事実、この14曲は本当に多彩で、ここで言及された内容が真理である事はアルバムを聴いた人にとっては自明だろう。

他にも、ほぼ同様のコンセプトで、エルビスツェッペリン、フレディー・マーキュリーを聴くような生活の有り様を吐露する"Animato"なんかもこの系譜に入るだろう。というより、そもそも2002年の夏にこの曲からアルバム「EXODUS」の曲作りを始めたのだから、寧ろ"Animato"こそがその後のUtadaの歌詞の方向性を決めたのかもしれない。いずれにしても重要な曲である。

次回は、何故日本語詞に較べて英語詞ではこのような歌詞の割合が多くなっているかについて述べる。…述べれたら、いいな。(弱気)