無意識日記々

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縋るように読み解いた場合

宇多田ヒカルさんも36歳、今や歳下のファンの方が多いんじゃないかという位になってるけどデビュー当時は15歳。圧倒的にファンは歳上だらけだった。故に幾ら“天才”とはいえそこは未成年の女の子。色んな危なっかしさを皆で見守る構図が出来上がっていた。

総体的にみると大した回数じゃないんだけど、本人が仕事に穴を空けるのを非常に厭う性格だった為1回々々がとても印象に残る。ライブ当日に具合が悪くなったりアルバム発売週に倒れたりとタイミングも影響してファンは事ある毎に「体調大丈夫かしらん」と心配するのが日常になった。

が、今言った通り今やファン層が推移しヒカルさんも“パイセン”である。歳下のキュートな女子たち(ついでに男子たちも)に生き方の規範を示したり憧れの対象になったり適切な助言を求められたりといった立場になった。つまり、我々歳上のファンたちとはその点に於いては眺め方が180°異なる感じになっている。

都合がいいことに、と言うと不適切なのだが、今やヒカルも人の親。母親業に休日無しを実感して生きている為「頼もしい大人」に否が応でもならなければならない。それもあってか2016年の復帰以降はそんなに心配されずに来てはいる。

とはいえ、人間そんなに急には変われない。無理してるんじゃないかと歳上のファンは心配する。それって余りにもそう過ごす時間が長すぎたから慣れきってしまって心配せずにいれる状況に寂しさを覚え始めてるんじゃないのと自分でも思うのだが、なんだ、ヒカルもたまには気を抜いて“頼り無い大人”で居たい時間もないのかな、と思ったりする訳だ。いつも下からキラキラ輝いた瞳で見上げられてるからって「矜恃!」と一言叫んで割り切って役割を演じれる、というタイプには、見えないんだよねぇ。ライブのMCは未だにあんなだし(笑)。

お母さんの居ない今、ヒカルは誰に甘えてるんだろう? それは、お母さんがまだ元気だった頃からの話でもあるので今更ではあるのだけど、『音楽が好き』というのを縋るように読み解いた場合そんな事も頭に浮かぶのだった。明日は明日の風が吹くんだけどね。今日はとても寒い雨の日なんだ。