無意識日記々

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一目惚れ 一目置かれた 一つ目の恋

男女で争うのが前時代的だとは言ったけれど、音楽業界を盛り立てる為には数字で競うのもひとつ効果的だったのは確かでね。当のヒカルだって『Laughter In The Dark Tour 2018』のMCで「『Automatic』が「だんご三兄弟」に阻まれて1位を穫れなかったのは悔しかった」と言ってる位で。1999年当時は音楽が商業的にすごく注目されていた時代で。小室哲哉が長者番付で全体の(そう、音楽家のみならず日本全国で)第4位に入ったりしてね。今やその長者番付自体が公表されなくなって。時代は変わって数字やランキングで競う意味合いがだいぶ様変わりした感がある。まぁ、何をアテにすりゃいいかようわからん、というのが本音かもしれないが。

実際、前回書いた企画で言うなら、ただ男女に別れて特典を競い合うのより「一夜限りのスペシャルデュエット連発大会」の方があたしは観たいと思うもんねぇ。宮本浩次の『First Love』を聴いて、ますますその思いを強めたよ。

いやほんと、このカバーは素晴らしい。ディストーションを排したエレクトリック・ギターの弾き語りで曲が進むんだけど、イントロだけだとそれが『First Love』とはわからない。歌い出して漸くそれとわかるのだけど、その途端にあの『宇多田ヒカルのうた』アルバムを聴いていた時の空気が甦った。あの空気感は、あのアルバム独自のものというより、ヒカルの曲を誰かが歌おうとする時に立ち顕れる普遍的なものだったんだなと。

恐らくそれはリスペクト。宮本浩次の歌い方から端々にこの歌に対する尊敬の念が感じられた。元来のキャラからして、歌う時に念頭に置くのは愛情というより仁義というか、ここは人として外せないなという礼に満ちた感覚が前に出る人なんだろうけど、こんな初恋の初恋の歌ですらそういう態度でくるのね。

曲自体に対する、そしてそれを作って歌った宇多田ヒカルに対する尊敬を軸にアレンジが構成されていて、それでいて、まぁ大ベテランなんだから自然に出てるだけなのかもしれないが、彼らしい歌い回しが随所にふわっとやってくる、そんなテイクに仕上がっている。いやよかったよ。

毎度のことだから慣れたものだが、30年以上プロで音楽に携わっているような人ほどヒカルへのリスペクトが甚だしい。完全に一目置かれる立場になっている。ヒカル自身がもう20年やっているからというより、デビュー当時からそうだってのは、この『First Love』が15歳の時の作品な時点でお察しだ。

だから、なかなかヒカルと競おうなんて人は現れない。ライバルとして火花を散らしてくれるのは向こう見ずな若者か、おっとろしく才能が秀でた人でないとね。嗚呼、あの松任谷由実の静かな喧嘩腰がもっと前に出ててくれてたら面白かったのに。

そういう意味では、「だんご三兄弟に負けた」と嘆けていたのは幸せなことだったのかもね。売上とか再生回数だと今、例えばLiSAに勝つのは難しいけれど、じゃあLiSAに宇多田ヒカルより貴女の方が最早とか言ったら全力で否定されるだろう。数字とはそういうものだ。勘定はそれが得意な人に任せて、歌手は自分の歌を歌う時代になって……いるのかな、まだそれは知らないや。

ただ、宮本浩次の場合、尊敬だけじゃなくてだな……アルバムの一曲目を小林明子の「あなた」にしたのは、彼が口角泡飛ばしながら「宇多田ヒカルさん、あなたね、あなた最近『あなた』って名前の歌唄ってまるでそれがあなたの代表曲みたいな顔していらっしゃるけどね、いやねそれはあなたのことだからあなたらしくてそれはいいと思うんですけどね、あなたね、私からしたら、俺らの世代からしたら「あなた」っていえば小林明子さんの「あなた」なんですよ。あなたの『あなた』はそれはそれは素晴らしい歌でそれには何の異論もないのだけども、あたしみたいなおじさんからしたらやっぱり「あなた」は小林明子さんの「あなた」なのよ。そこだけはわかって欲しい。」と説教してくれてるかのようで、そこらへんの矜恃みたいなものを妄想気味に想像して朝から勝手に笑ってしまった。相変わらずいいキャラしてんだね。