ヒカルの作詞術のセオリーのひとつに「具象から抽象へ」というのがある。誰でも思い浮かべられる具体的な名詞・名称を歌った後に感情や思想といったものを織り込んでいく歌詞の流れの作り方だ。
例えば『初恋』なんかはその手法が顕著で、歌い出しから
『高鳴る胸』
『竦む足』
『頬を伝う涙』
と畳み掛けるようにありありと情景を思い浮かばせてる道具立てをしておいてから
『これが初恋』
と繰り出す。早速メイン・テーマをぶっ込んでくるのよね。そして『人間なら誰しも……』と思いを語り出すのだ。王道である。ひとつひとつの場面設定や道具立てが、次々と抽象美や感情表現に結びついていく。それは他の多くの曲でも同様である。
ということは、だ。逆から見れば、そういった具象物(『初恋』での『胸(の音)』『足』『頬』『涙』など)の持つ含意を辿る事で、その歌の「言いたい事」を推し量れるのではなかろうか。
例えば『Time』で具象物といえば
『降り止まない雨』
『零した水はグラスに返らない』
といったところが思い浮かぶが、これらはそれぞれ「Time/時間」の主要な性質、「無限に続く事」と「不可逆な事」を表現している。この性質なくして時間を歌って切なさは表現出来ないだろう。
『誰にも言わない』でも
『完璧なフリは腕時計と一緒に
外してベッドの横に置いて』
という名センテンスがあるが、ここの「腕時計」は時間の流れに追われながら社会的な役割を果たしている状態を指し、それを外すことでハダカの貴方になって欲しいというメッセージを構成している。腕時計は社会性や管理された時間感覚を象徴していて、そこからの脱却がこの歌のテーマとなっている。
というのをみていくと、では、未だに全貌が明らかになっていない『PINK BLOOD』に於ける具象物をみることで、この歌の持つであろう感情や思想を予測できないだろうか?というのが今回以降の主旨となる。
みていってみよう。
『サイコロ振って出た数進め
終わりの見えない道だって
王座になんて座ってらんねぇ
自分で選んだ椅子じゃなきゃダメ』
ここには『サイコロ』『道』『王座』『椅子』といった具象物が並んでいる。それぞれ、どういう意味を持つだろうか? そんな話から以下次回と相成ります。