無意識日記々

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ヒカルの独り言があちらこちらに向けられた歌

前に『Passion』や『PINK BLOOD』は“ただそこに在る歌”、『Time』は“届ける歌”或いは“伝える歌”だと書いた。歌詞の面でいえばそれは「あなた」や「君」に呼び掛けるかどうかが違いになっていた、とも。

ヒカルの歌はそれぞれにそのような区別がつけられるのだが、『気分じゃないの』はその中でも最もハイブリッドな歌詞構成をしている。

1番の歌詞はただひたすら目に入ったものについて記述する。コーヒーカップやツリーやカップルや。歌い手の姿はおろか心情すら吐露されない。様態が「ただ在る歌」な上に更に歌詞の内容まで「ただそこにある何か」について綴っただけ。ヒカルの歌の中でも最も受動的な、こちらから何も働きかけず、何の考察も与えない歌詞である。

次の2番の歌詞は、その殆ど幽霊みたいな歌い手に話し掛けてくる人物が登場する。「あなたと私」の関係性が一応成立するが、出逢ったばかりな上多分その場限りの関係なので濃厚な情緒の類は一切無い。そこであったことを淡々と綴ったという意味では1番と変わらない。

コーラスの歌詞は、『雨雨どっか行け また今度にして』だ。英語も同じ内容である。こちらは『どっか行け』という、歌い手の意志や感情が乗った言葉を相手に届ける能動的な歌詞ではあるのだが、何分その相手というのが雨、お天気、お天道様なので、ほぼこれは独り言に近い。エモーショナルではあるがパッシブといえばパッシブで、どこか諦めを含んだほろ淡い切なさを湛えたメロディと歌詞となっている。

そしてこの歌の肝、セカンドコーラスが素晴らしい。

『Hey how are you ?

 How has your day been ?

 I've been quiet

 Just didn't know what to say

 Hey how are you ?

 How has your day been

 I've been quiet

 It's just one of them days』

私が訳すとこうなる。

「ご機嫌いかが?

 あなたの一日はどんなでしたか?

 私は独り静かに過ごしてました

 何とも言えない1日だったから

 ごきげんよう

 今日はどんな日でしたか?

 私は殆ど誰とも話しませんでした

 まぁ、そんな日もあるよね」

そう、ここに来てこの静かな歌い手は聴き手の方にボールを投げるのだ。ただ、何かを訴えるというよりは、半ば自分の独り言の続きという感じ。でもちょっとこっちを意識してくれてる感じがくすぐるように嬉しい。

斯様に『気分じゃないの(Not In The Mood)』の歌詞は、「ただある歌」「虚空に訴え掛ける歌」「こちらに話し掛けてくれる歌」と多様な視点と切り口を持っている。だがそれぞれがバラバラにならずに何れも半分位はヒカルの独り言なニュアンスが含まれている為歌全体としての世界観は統一されていて非常によく出来た構成となっている。うん、とても締切最終日にギリギリで仕上げたとは思えないわ!