無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

『All my life』と『All your life』の美しき訳し方

『Face My Fears (English Version)』の日本語訳字幕で、

「これは巧いなぁ」

且つ

「本人ならではの大胆さだなぁ」

と感心したのが、

『All my, all my Life』

『All your, all your life』

のそれぞれの訳し方である。

(なお直訳するとそれぞれ

 「総ての私の、総ての私の人生」

 「総てのあなたの、総てのあなたの人生」

 だわね。)

『All my, all my life』は次の段落で出てくる。

『Breath, should I take a deep?

 Faith, should I take a leap?

 Taste, what a bittersweet

 All my, all my life』

これをヒカルはこう訳した。

『してみようか、深呼吸

 飛び立ってみようか、思い切って

 ああ、なんとほろ苦く切ない

 ずっと、これまでずっと』

つまり、『All my, all my life』の部分にあたるのは

『ずっと、これまでずっと』

になる。

一方、『All your, all your life』の一節は次の段落で出てくる。

『Lose, don't have nothing to

 Space, this is what I choose

 A mile, could you walk in my shoes?

 All your, all your life』

ヒカルはこれをこう訳した。

『何もない、失うものは

 空間、これは私の選んだこと

 1マイル、私の靴で歩ける?

 ずっと、これからずっと』

即ち、『All your, all your life』にあたる部分は

『ずっと、これからずっと』

なのである。

この対比、控えめながらもなんと鮮やかなことか!

『All my, all my life』

『ずっと、これまでずっと』

『All your, all your life』

『ずっと、これからずっと』

"my"の方を『これ“まで”ずっと』

"your"の方を『これ“から”ずっと』

とそれぞれに書き分けただけなのである。確かに、文脈を見てみると、"my"の段落の方は今まで感じていたほろ苦さに対して何かをしようかという話だから『これまで』の話だし、"your"の段落の方は『私の靴で歩ける?』と未来のことを問うているのだから『これから』の話だ。意味はバッチリ合っている。作詞者本人による訳だから当然なんだけど。

しかし、これらの訳には、"my"にあたる日本語も"your"にあたる日本語も"life"にあたる日本語も、出てこない。これは驚異的に大胆ではなかろうか。もし本人以外の翻訳者ならここまで“思い切れた”かというと、無理なんじゃないかなぁ。そして何より、対比がシンプルで美しいよね。文意を一切損なわず、それでいて「『All my life』と『All your life』の対比」を『これまで』と『これから』という「過去と未来の対比」によって描き直すだなんて、これってもう改めて歌詞を新しく書き下ろしたのに匹敵する仕事なんじゃないかな。それくらい価値のある翻訳─いや、もう「名訳」と呼ばせて欲しい。ホント凄いわヒカルさん。