無意識日記々

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『君に夢中』での「自分との関係」

でその『君に夢中』の歌詞についてのヒカルさんの「CDTV LIVE LIVE」に於けるコメントがこれ。

『こう、恋愛に、夢中にもうなれない自分と、なってた頃の自分と、でも、それでも、なれなくなってる他の人の話聞いててもなりたがってるよね、っていう人の気持ちも全部込みで考えた結果、ちょっとメタな感じの、一歩引いてるような、不思議な…歌になったのかなって思います。』

ややこし! 最初リアルタイムで聴いてたとき「え?え??」ってなったよねもう。これ録画見直さずに「そうだねぇ」って納得できた人は余程の手練れだな。

なるべくわかりやすくする為に箇条書きにすると。

① 恋愛にもう夢中になれない自分

② 恋愛に夢中になってた頃の自分

③ 恋愛に夢中になれなくなってる他人の話を聞いても、夢中になりたがってるよねっていう人

④ ①②③を全部込みで考えた結果、メタな感じの一歩引いてる不思議な歌になった。

という風になる。それでもなんのこっちゃ?な気分は拭えないなぁ。特に③は何なんだよ。でなんでそれで④の結論になるんだよ。

と、そこのややこしい話は一旦後回しにして、これがつまり「自分自身との関係/My relationship with myself」の一例になってることをまずは理解して貰えればいいかなと。

前回は

『自分の思うありのままの自分』

「(実際の/本当の)ありのままの自分」

との間にズレがあり、故にそこに関係が生じて相互の対話が生まれ、それらが作用し合って今のヒカルに成長していけたという話をしたが、こちらの『君に夢中』は、

② 恋愛に夢中になってた頃の自分

① 恋愛にもう夢中になれない自分

との間にひとつの関係が成り立つ、とそういう構図を描くことが出来る訳である。今③を考慮に入れたとしても話が複雑になるだけなのでそこは一旦置いとくね。

「想定するありのままの私」と「本当のありのままの私」の間の関係は、現在の私の中の世界の話だったのが、『君に夢中』では「過去の私」と「今の私」との間の関係について歌われているという違いがあるんだな。これらの合わせ技~発展形が『Somewhere Near Marseilles ーマルセイユ辺りー』の「旅を楽しみにしてる今の自分」と「実際にオーシャンビューの部屋に居る未来の自分」との間の関係になるのだがその話も勿論今は一旦置いておく。

斯様に、「自分との関係」といっても、「いつ」の「どの」自分自身と対話するかというバリエーションがある訳だ。そして、「Songs Of Tokyo」で

『他者との関係を歌にすることがそれまですごく多かったんですけど、今回のアルバムでいうと、それもありつつ、それを通して自分との関係にもっと目を向けた曲が多かったですね、テーマとして。』

と言っていた中での

『それもありつつ、それを通して』

の部分にあたるのが、さっき後回しにした③になる、ってのが『君に夢中』の歌詞なのだ。それ、ってのは『他者との関係』のことだから「他者との関係もありつつ、その他者との関係を通して」ということだね。代名詞に具体的な語句を当て嵌めただけなんだけど、コンセプト=概念、或いはテーマ=主題というのはそういうものなのだ。単に「自分との関係がアルバムのコンセプトです」とだけ言われてもふんわりとした印象しか得られないが、こうやって歌詞ひとつひとつ、発言ひとつひとつに当て嵌めていくことで、コンセプトが到るところでその威力を発揮している事が実感できていく──次回の日記もその線で書く予定。勿論予定は未定。予約をしてもまだオーシャンビューの部屋には辿り着いてはいないようにね!