無意識日記々

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40代は立体音響もいろいろ?

『40代はいろいろ♫』で「あら?」と思ったのは、ヒカルが「360 Reality Audio (サンロクマル・リアリティ・オーディオ)」という正式名称を咄嗟に言えなかったことである。もしかしたらずっとリハーサルも打ち合わせも英語でやっていて(ロンドンだからね)日本語で呼ぶことがなかったからな可能性もあるのだが、ひとまず私は「まだ立体音響には興味がないのかな」と受け取った。

一方で、ニューアレンジの『First Love』は明らかに360RAを意識したサウンドだったようにも思う。生で一回聴いたっきりだが、特にギターサウンドのエフェクトは立体音響に狙いを定めていたように感じられた。ステレオ版で聴いてたから確信は持てないが。

あれ、様々なエフェクトやディレイドエコーに「方向性」を加味したらかなり面白くなるんじゃなかろうか。つまり、残響が右斜め後ろに流れていくとか、こだまが左右に散らばっていくとか、立体音響ならではの細かい指定をした効果をフィーチャーしたら更に可能性が広がるだろう。それを生演奏でやるとなると演奏者ひとりずつにエフェクト担当者をつけないといけない気がするが。器用なギタリストは全部足元のペダル操作で済ませてしまえるかもしれない。(楽器を弾かない人間のド偏見でございます)

でもこれ、ヒカルが作編曲で食いついてきそうだと思ってたんだけどねぇ。ヒカルさんがエレクトロ方面に向かうと主声部が4つも5つも展開されてしまうことがある。『Animato』なんかはその代表例だし、『HEART STATION』では3つの異なるキーボード・フレーズを同時に鳴らして嬉々としていた。ヒカルは一度にたくさんいろいろ鳴らすのがお好きなのです。

だが、お陰であれもこれもと欲張るとどうしても音像が込み入ってくる。そこで立体音響の出番。左右のみならず前後上下にも定位を振り分けられれば音の渋滞を解消して聴きやすいサウンドに仕上げられるだろう。もしかしたら今以上に凝った編曲も可能になるかもしれない。

そもそもインストになるとヒカルは音像を立体的に構築したがる癖がある。様々な音素が音空間を飛び交う『Gentle Beast Interlude』はその代表格だし、濃い霧に覆われた森と広い大空を描いたようなサウンドが特徴的な『忘却』も当初はインストとして制作されていた。楽器のみとなるとああいう風に遊んでしまうのが作編曲家宇多田ヒカルの特徴なのだ。

はてさてこれは今後どちらに向かうのか? つまり、『First Love』『初恋』に引き続き今後は歌ものの新曲でもドルビーアトモス版がリリースされるのが常となるのか、或いは(リスナーとしては同じ事だが)宇多田ヒカルを梃子として今一度ソニーが360RAのソフトを手掛けるのか。今後は、つまり、ヒカルが編曲段階から立体音響を考慮に入れてくるようになるのかもしれず、そうなったらこれは創作面では全くの新局面となるだろうな。

ただ、それはインスト曲或いは歌ものであっても間奏部分等に限った話になるだろう。「『BADモード』の『祈るしかないか』の直後一分間の唐突アンビエント・パートが立体音響になったら面白そうでしょ?」程度の話であって、ヒカルの歌がメインの場合は立体音響の話は脇に追い遣られるんじゃないかな。なので、今後立体音響の準備をするかしないかは、リスナーひとりひとりが勝手に決めても大丈夫な気がするぞ。歌は揺るぎないのだ。

『BADモード』アルバムでも痛感したが、今のヒカルは意図的にエレクトロニカサウンドを振ってもなんだかんだで『Fantôme』~『初恋』時代の生演奏/人力演奏を通過した経験が生きていて、様々な電子音が鳴り響いていても根幹にあるのはいつでも至ってオーソドックスなバンドサウンドとなっている。ベース/ドラムス/ギター/ピアノ、みたいなね。そこが確りしていたから『BADモード』はマニアを唸らせるのみならず、多くの広範なリスナーの心を捉えた。ヒカルが幾らインストで遊んでも、歌一本がメインであることは変わりそうもないので、立体音響云々はあんまり気にせず今後も歌を愛せると思うよ。