ヒカルの“Tone Glow"でのインタビューは今週語ってきたように"self-harming"のくだりがとりわけショッキングではあるものの、他にも興味深い話があちらこちらに満載である。中でも私の心を即座に捉えた段落を紹介しよう。
『I was so lucky because artistic freedom was there from the beginning. And of course, I had support and help because making a song and making it a final product involves so many steps that I couldn’t do yet. In terms of what I wanted to do, I was so free. There wasn’t, “This should be more like this, you should say this.” I actually didn’t appreciate how much artistic freedom I had until I took my break. And in the last few years, I really realized that I’m such a free person, not just artistically, but with my life. I think that’s so precious. We are all free in a way, but it took that long to realize it for myself. 』
https://toneglow.substack.com/p/tone-glow-164-hikaru-utada
以下にグーグル先生の翻訳を記す。的確だった。ほんと進歩してるねぇ。なお“休憩”ってのは「人間活動期」のことを指す。
「芸術的な自由が最初からあったので、私はとても幸運でした。そしてもちろん、曲を作って最終製品に仕上げるには、私にはまだできなかった非常に多くのステップが必要なので、サポートと助けがありました。やりたいことに関しては、とても自由でした。 「もっとこうあるべき、こう言ったほうがいい」というのはありませんでした。実際、休憩をとるまでは、自分にどれだけ芸術的な自由があるのか 理解していませんでした。そしてここ数年で、私は芸術面だけでなく、人生においてもとても自由な人間であることに気づきました。それはとても貴重なことだと思います。私たちは皆、ある意味で自由ですが、私自身それを理解するまでにそれほど時間がかかりました。」
ヒカルが自由についてこんなに語るのは珍しい。そして、殆ど初めてその自由を讃えている。これは更に極めて珍しい。
宇多田ヒカルは「愛」を歌う歌手だ。『Prisoner Of Love』というタイトルに象徴されるように、愛とは囚われるものであり、人の心を縛るもの。電子のような基本粒子においても自由の対義語は束縛なんだから、愛と自由は対極にある。
思い切り余談になるが、宇多田ヒカルと同時代にその「自由」を徹底的に描いているのが尾田栄一郎の漫画「ONE PIECE」であり、この作品では登場人物の母親たちが意図的に隠されている。尾田曰く「冒険の対義語は母だから」とのことだ。冒険の自由の為には母親は邪魔なんですね。「あらゆる歌は母である」と『道』で歌った宇多田ヒカルとはまさに対極の世界観なのですわ。余談終わり。
そんなヒカルが自由を称えてるのだから私は心底驚いた。てか、そうなのね、「アーティストとしての自由がこんなに与えられてきたことに長年気づいていなかった」のね。
ここに関しては私は注釈をつけたい。ヒカルの自由は、ヒカル自身が掴み取ったものなのだ。最初からその音楽的クォリティで三宅さんと沖田さんに彼らが口を挟む気持ちを失わせていただろうし、デビュー以降はその驚異的な売上でヒカルは創造的自由を勝ち得続けた。レコード会社からすればヒカルに難癖をつけて臍を曲げられて移籍されようもんなら大損なわけで、そして、宇多田ヒカルの移籍なんぞライバル全てのレコード会社が大歓迎なわけで、ヒカルがやりたいようにやらせる以外の選択肢はなかったはずだ。もちろん、三宅彰P沖田英宣D梶望A&Rはそんな下心をもつことなく、純粋にその才能に惚れ込んで尽力してきたからこそヒカルの信頼を勝ち取ってきているのだけれど、そこから外縁の人たちはまた別だもんね。
てことなので、ヒカルは幸運を自らの手で引き寄せただけのことで、その自由も己の実力と実績のおかげさまでしかない。この点に関してはきっと本人の口からは語られる事はだろうから私がここで強調しておきたい。こちらから見ればその自由は「あなたが得て然るべき当然の恩恵」でしかないのですよ、えぇ。
だけど、だからこそ「自由の良さ」をここにきて、25周年を迎えて語っている事実には大きな感慨を覚えた。何が気になり始めるかって、では今後ヒカルの書く歌の歌詞に「自由を謳歌することのよさ」を謳うものが加わるのかという点なのですよ。今までは愛に縛られることの尊さを歌って来ていて、それは今後も継続していくのだろうけれど、自由についても歌い始めたらおそらく音楽的にもあからさまな新境地を開拓することになっていくだろう。開拓者精神の冒険心こそ自由の象徴だろうし。「ONE PIECE」だとそれが海賊になるんだけどそれはさておき、今後の作風の変化によってはこのTone Glowでのインタビューが“結節点”として記憶・想起されていくかもしれないので非常に重要なのである。私、忘れないようにしないといけないわこの段落。最近何一つ新しいこと覚えてられないからね…(遠い目)。