無意識日記々

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Paradoxikaru

これはネタバレにはならないと勝手に判断して書くが(本来ならバラす方がそんな判断をしてはいけない、正しかろうが間違っていようが)、漫画ONE PIECEでヒトデのパッパグが自分は人魚姫と友達だ、と言っていたのはウソだったと判明する場面がある。余りにも何気なく本筋と無関係な感じでサラッと書いてあるのだが、これをみて「やっぱ尾田は凄いなぁ」と思った。

多分これは、設定の事後変更なのである。元々作者としてはパッパグと人魚姫が友達であるストーリーを想定していたが、のちに「そうでない方が面白くなりそうだ」と顔見知りでない設定に変更した。しかし、一旦本編で友達と言わせてしまった以上、そこはなんとかしないといけない。そこでサラリと「あれは嘘でした」とキャラに言わせてしまう。本当に巧い。

ONE PIECEといえば物語史上最高級に緻密なストーリー構造の漫画、という文句を私などは吐いてしまうのだが、それは寧ろ、作者が予め精微に話を組み立てている、というよりは、ひとつひとつの出来事にはこういう視点がありえて、その向こうにはこういうことがありそうだ、というその都度々々での洞察力、気づきの力が秀でているとみるべきなのではなかろうか。

例えば、ブルック初登場時に周囲は「なぜ身体が白骨化したのにアフロは無事なのか」と問い質したが、彼は「私、毛根強いんです」と身も蓋もない返しをする。「コイツ、言い切った」と読者の代弁ともいえるツッコミが入るのだが、この返答、実際何の解決にもなっていない。アフロが残ることに対する緻密な、破綻のない裏付けや設定が存在する訳ではないのである。しかし、読者は"この問答があることで"妙に納得して物語に入り込んでいける。設定や裏付けがしっかりしているような全体の印象を本当に与えているのは、尾田が"読者はここでこう思うだろうな"という気づきの力であり、その"読者が気になること"に対してしっかり漫画の中で"言及すること"なのだ。ひらたくいえば"ツッコミ力"である。

ヒカルの活動が周囲から(他のアーティストたちに比べて)叩かれないのは、彼女が自分に対するツッコミ力を持っているからである。うたばんでの名言、「お金ならあるわよ」なんかも、"こいつ、儲けまくってるんだろうな〜"という世間からの目線を正確に感じ取っているから発せれたひとことである。欧米なんかでは儲けまくった人々はどこかに寄付なんかすることで揶揄や非難を和らげるらしいが、ヒカルの場合何も具体的なアクションを起こさなくても、"ただその事実に言及するだけで"周囲からの否定的な感情を雲散霧消することができる。"うん、わかってるよ"と伝える力、これがとてつもなく大きいのだ。(付言しておくと、ヒカルは実際には各方面に寄付行為を行なっている。が、一部例外を除いて公表はしていない、という前提は頭に入れといてほしい)

その、"うん、わかってるよ"と伝える力は、ヒカルの歌詞世界に、具体的にどこがということもなく通低している。その力が、受け手に"ヒカルちゃんは私のことをわかっていてくれるんだ"という感覚を齎す。実際に貴方の人生の詳細なんて知らなくても。だからそれは錯覚だ、ということにはならない。もし実際に貴方がヒカルと話した時には、恐らくその瞬間にヒカルは貴方の事実を理解する。今、ヒカルがあなたに"うん、わかってるよ"と言っていると解釈したとしても、何の問題もないのである。詭弁のようだけれど、いちどヒカルに訊いてみればいい。その時にヒカルは適切なことばを見つけて発してくれるだろうから。