無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

そろそろ普通のタイトルにしてイイかな

注意書きばかりタイトルに書いていたらどの記事がどんな内容なのか執筆者が把握出来なくなっていくので、そろそろ通常運転に戻る。引き続き、EVAQを観ていない人は注意が必要である。

前回肝心な事を書き忘れていた。2番で改めてイントロと同じフレーズに戻る所の解釈をしていなかった。あそこは、桜の花びらや雨滴が滴る様を描写していると読むより「星の光降る夜空」を思い浮かべるといいかもしれない。降下分散和音が星々の煌めきを代弁し、夜空を仰ぐ主人公がまずそこに居て目線を落としていき、"あなた"の守った町を俯瞰した後、もう一度夜空を見上げて"あなた"の事を想う―その情景をピアノの音の高低上下で表現していると捉えるのである。

この曲のサウンドと歌詞の密接ぶりは抜群である。というか他に追随出来ている人間すら見当たらない。光の独壇場だ。更にピアノの調べを事細かにみてみよう。

ピアノのメロディーは、今までみてきたように、最初降下と上昇を繰り返す。目線でいえば上下方向への動きである。人は思い出を語る時空を見上げ、儚さに悔いる時下を向く。感情の起伏を浮き沈みと表現するように、音の上下は心の明暗を巧みに描写する。

一転。『私を見れたならどう思うでしょう』でピアノの様子が俄かに変わる。それまで繊細に音の滴を落とし続けていた音色が束になって力強く前に進み始める。細かく言えば。混合拍子の強拍(1、4、7拍目)のみ和音の最高音を奏でているのだが、ここで私がイメージするのはこうである。空から舞い落ちてきたもの―桜の花びらでも雨滴でもいいけれど、それが地面や水面に当たりそこから土の上を流れていく様をここでは表現しているのではないか。それまで上下に動いていた目線が横、或いは前後へと向けられる。ひらりはらりの世界から力強く前に進み始めるその方向転換を、この和音の連打は示しているように思われる。実際、ここの歌詞は『もし今の私を見れたならどう思うでしょう あなたなしで生きてる私を』と、先程まで夢想的に過去を振り返っている主人公が今という現実と向き合っている。

しかし、2番以降が一筋縄ではいかない。というか1番2番という区切り自体そぐわない。

『あなたが守った街のどこかで今日も響く健やかな産声を聞けたならきっと喜ぶでしょう 私たちの続きの足音』―この部分、先程から述べているように、上下する分散和音の中で主人公が感傷に浸る場面なのだが、ここに先ほどの力強い和音のリズムが伏線として効いてくるのである。以下次回。