無意識日記々

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『あなたが守った街のどこかで』

ヒカルは、タイアップ相手の要素を歌詞に入れるのが巧い。あからさますぎず、かといってわかりにくくない、聴き手が「あ、これ…」と気がつく匙加減が絶妙なのだ。Can You Keep A Secret?などはその典型だろう。本来のラブソングの体裁を崩さず、それでいてドラマの"検事モノ"という枠組みにも対応していた。ドラマ本編では恋愛要素が希薄であったにも関わらずこういった芸当が出来るかどうかは自明ではない。尤も、歌の調子とドラマのノリが合っていたかといわれれば異論も出てきそうではあるけれど。

桜流しでも、Beautiful Worldに引き続きEVA本編の台詞からの引用がみられる訳だが、それそのものでもなく、また、台詞自体が作品を超えて有名だったりという立ち位置でもない辺りを突いているのが唸らされる。「逃げちゃダメだ」や「笑えばいいと思うよ」などはEVAを観たことがない人でも見掛けた事はあるかもしれないが、「あなたが守った街なのよ」は、名台詞ではあるもののこれが葛城ミサトの台詞だと知っている人は十中八九作品を観たことがある人だろう。逆に、観たことがあるならこれがミサトの台詞だとすぐ気付く。絶妙のチョイスだ。

しかも、これが震災後の風景とも重なるというのが際立つ。どれだけ多くの人々が、故郷や周りの人を守ろうと命を落としていった事か。この歌を実体験の一部として受け取った人も少なくないだろう。万単位の人が亡くなられているのだから。そして、この台詞がEVAの中ではとりわけポジティブなものである事も見逃せない事実だ。「よくやったな、シンジ。」に次いで、シンジにとって意味のある一言だったのではなかったか。これだけ絶望と悲嘆に包まれた曲調の中だからこそ、この前向きな一言は響く。だからこそ喪われた命の悲劇性は増すし、私たちの続きの足音は力強く響く。何から何まで考え尽くされた一節といえるだろう。こういうチョイスが可能なのも、過去に光がEVAのTVシリーズを何度も見返している事、それに加え、この物語で節目や要点となるエピソードを的確に把握している事、更に、旧劇版と新劇版の客層の違いなども頭に入っていた事なども重要だっただろう。人間活動中だというのに、ここらへんのセンスは衰えるばかりかますます磨きがか
かっている。ブランクなどどこ吹く風の作詞力である。