無意識日記々

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熊淡九で急に休。(泣)

熊淡が終わったというのに、締め括りの言葉を発する気がしないのは、単に現実が受け入れられないからなのかもしれないが、それ以上に昨夜の一時間が"いつも通り"滅茶苦茶楽しかったからだろう。これから1ヶ月、私はこれもいつものように、熊淡の録音を何度も聴き直して、聞き取れなかった英語(と時々日本語)を確認し、各アーティストのWikipediaをチェックしたり、細かいHikaruの言い回しやニュアンスを掬い取り、声の調子からどんな表情をしているのかを想像しながら、次の放送に備えるのだ―いつもなら1ヶ月後にある放送を。今まで3回も梯子を外されてきたから、別にいいっちゃいいのだが、やっぱりきっと、本当の喪失感を感じるのは、来月の第三火曜日に「本当に熊淡ないんだな」と確認して通り過ぎる瞬間なんだと思う。どうにもならない。しかし、そうなるまでは、いつものように、まるで1ヶ月後に次の放送があるかのようなペースで、この番組について語っていきたいと思う。

結局、いつも通りの熊淡だった。最初と最後に今回で最終回である事について触れた以外、テーマを決めて後はひたすらHikaruの好きな曲をかけてそれについて語るという、手慣れた、聴き慣れた構成である。今回のテーマは「デュエット」。最終回だからといってもそんなに特別でもないチョイスといえる。いや、毎回特別な回だった、というだけなのかもしれないけれども。

つまり、「何故最終回にデュエット特集なのだろう?」と考えるのは意味がないという事だ。ただ、今回はデュエット特集でしたというだけの事。次回の放送がないというだけである。

特集全体を通して聴くと、Hikaruが「デュエット」というものをどう捉えているかというのが見えてくる。真ん中あたりで言及していたように、番組の前半は恋人・夫婦・家族とえらく密接な関係同士のデュエットが選ばれていた。これまた選んでみたらそうなっていたのか狙ってこういう構成になったか推し量りどころではあるのだけれど、Hikaruがその点に注目したのは間違いない訳で、それはつまり、もしかしたら「ゴールデン・エラ」をどうしても掛けたかったから周りを固めてきた、という風に勘ぐれるのだが、にしてはこの曲にどれ位思い入れがあるのかというと、ちょっとピンと来なかった。コメントからしても、ある時代の家族のスナップ写真だから気に入っている、という感じがした。でも、そういう選曲こそが寧ろ"庶民的"な訳で、ウケのよさは結構なものだったろう。実際、初めて聴く人も多かったみたいだし、First Love 15thでDemo音源を惜しげもなく披露したのに続き、こういったところはHikaruの"心境の変化"
として、捉えてもいいかもしれない。受け手に喜んで貰えるならそれでいい、というアティテュード。ありそうでなかったような気がする。はてさて如何かな。