無意識日記々

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B2.Movin'onWithoutYouTribalMix

既述の通り、Movin' on without youのマスタリングに関してはハイレゾよりSHMの方が好みである。いや、もっと踏み込んで"より優れている"と言わせて貰おうか。この曲で大事なのは迫り来る"焦燥感"、即ち切迫感であって、それを左右から盛り立てるのがピアノとエレキギターだ。

ピアノは本質的に"打楽器"であり、エレキギターは歪ませるのが作法の弦楽器である。両者とも高調波成分に乱れが出るのが特徴で、そのささくれ立った感覚がこの曲にフレッシュでシャープなエッヂを与えている。ハイレゾは高調波成分が整理されてしまっており、何だかピアノとギターに迫力がない。一度聴き比べてみるといい。ただ、両バージョンは素の音量が違い過ぎる(SHMの方があからさまに音がデカい)ので、プレイヤーの音量を揃える機能等を活用の事。


Tribal Mixは、そのピアノもギターも総て削り落とし、ヴォーカル&コーラスとドラム&ベースのみのトラックにしたリミックスだ。Tribalとは「部族の」といった意味だが、恐らく打楽器と人の声だけ(ってベースは弦楽器ですけどねー)という組み合わせが"原始的な"感じを出している、とでもいったニュアンスで響きのいい言葉を選んできたのではないだろうか。私はこのネーミング・センス、なかなか気に入っている。

ハイレゾでギターとピアノのエッヂが減じただけであれだけ切迫感が薄れたのだから、こうやってまるごとギターとピアノの音をゼロにしてしまってはまるっきり切迫感のないサウンドになってしまうのではないか、というのが理屈なのだが、皆さん御存知のようにこのバージョンには独特の緊張感が漲っている。寧ろ、浮ついていない分余計"怖い"感じすらする。

その独特さの理由は、ヴォーカルのミックスにある。これでもかと限界までリヴァーヴ、即ちエコー(残響)が抑えられているのである。その為、イヤフォンやヘッドフォンでこのミックスを聴くとヒカルが耳元で囁いているような、いや、喉の中で歌っているような密接性を感じる。要するに近いのである。

この"近さ"が緊張感の源だ。ただでさえ、他の音が無い分、ヴォーカルから得る情報量が多いのに、こう声が近くてはいきおい声から沢山のエモーションを受け取らざるを得ない。裏を返せば、やはりこの曲の切迫感の殆どを担っているのはこの唯一無二唯我独尊のヴォーカル・ラインであり、ピアノやギターなんぞ結局露払いに過ぎないのである。その美点を、このヴォーカル&コーラス&ベース&ドラムスのヴァージョンは、あからさまな手法によって教えてくれる。

これはつまり、ヒカルの当時の曲作りが殆どドラムパターンとヴォーカルラインだけで構成されていた事を意味するものだ。COLORSのようにキーボードリフが必須だったり、WINGSからピアノを抜く訳にはいかないのとはちょっとばかし事情が違う訳である。

つまり、このリミックスによって、原曲の制作手法・手順まで想像が及んでしまうのだ。なかなかに罪作りというか、いい仕事をしたリミックスだといえるだろうかな。