無意識日記々

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家と宇宙

知名度とその後の音楽的影響を掛け合わせて、更にその影響の与え方が「個」と「普遍」の両極端に振り切れている事を考えれば、ヒカルの大体の立ち位置がみえてくる。概ね、ミーハー人気、アイドル人気だった、と乱暴に括る事が出来る。

乱暴過ぎるな。音楽的な質は極めて高いが「型」をここに至るまで生み出せず、模倣の困難な個性を構築していた事と、そもそも人気のベース自体がマスメディアを基盤とした、爆発力はあるがうつろいやすい"バブル"であった為、そこまで真剣に耳を傾ける人間は多くなかったというのが実状だった、とみる。併せると大体アイドルの人気の出方と変わらない。

音楽的な「型」は重要である。再生産の方法論であると同時に発展の基礎だからだ。最初に「インスタントラーメン」「カップラーメン」といった「型」を開発したのは安藤百福だが、その後の即席麺市場は勿論彼1人で作り上げた訳ではない。最初の「型」を参考にして様々なバリエーションが様々な人々によって生み出され広がっていった。それもこれも(特許等の問題はおくとして)最初に生まれた方法論が模倣のしやすい明解なものだったからだ。

前回最後にビートルズの名前を出したが、確かに、彼ら並みの名曲を生み出すのは難しいものの、彼らの方法論を参考にして、或いは模倣して、時には模倣に失敗して何か新しいものを後続の人間たちは生み出していった。そういった意味での、いわば「個」と「普遍」の間に広がる豊かさに対する貢献のようなものを、宇多田ヒカルはしてこなかった、という話だ。

少し見方を変えると、つまり、ヒカルの生み出す楽曲は作曲家より消費者(リスナー)にとって有益なものだった、という言い方も出来る。リスナーにとって、ややこしい作曲の技法云々は関係ない。聴いて気に入るかどうかだけだ。そして、ヒカルは気に入られる曲を次々と生み出してきた。それでよかったし、それがよかった。

一世一代、という言葉はこういう時に使うのだろうか、とも思ったが、現実には、ヒカルのこの"スタイル"は、全く結果的に母・藤圭子と同じ様相となった。藤もまた、特大ヒットは飛ばしたけれども、演歌界の中ですら異端児で、目立った影響どころか取り立てて人脈も築かなかった。そういう意味で、その孤高感はしっかり継承されているのだが、ヒカルの代はかなり縁遠さが改善されていて、そのキャラクターも相俟って広く愛される人物として認知されている。

これも究極的な「個」と「個」の話であり、かつ、それと同時に非常に普遍的な話でもある。これはたかがある一組の母と娘の物語であり、それと同時に、一般的に「娘は母に似る」という極々普遍的な命題の一例でもある。この、社会とか型とか模倣とかをすっ飛ばして家と宇宙で形成されているような世界観が宇多田ヒカル・ワールドなんだというのが、ヒカルをみる時のより正確な視点なのかもしれないな。