無意識日記々

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呟きかけた名を呟きかけたのは誰

さて肝心の。『Forevermore』で「誤解すると面白いかもしれない歌詞」は次の一節だ。

『壊れたイヤホンで耳を塞ぎながらあなたの名を呟きかけた』

ここだ。『つぶやきかけた』である。日本語の『かける』には2つの意味がある。「しそうになる」と「し始めた」だ。前者は「でも、まだしてない」で後者は「もうしちゃった」なのである意味真逆の意味である。

さてここの『つぶやきかけた』はどちらの意味だろうか。前者なら「つぶやきそうになった(でもまだつぶやいていない)」であるのに対し、後者なら「もうつぶやいた」だ。この歌の主人公は、『あなたの名』を口にしたのかしていないのか。どちらが正解にせよこの点を議論していく事でこの歌に対する理解が深まっていく―筈だったのだ。

しかし、ヒカルはあっさり答を提示した。ミュージック・ビデオでのコンテンポラリー・ダンスで。そこでヒカルは『あなたの名』と思しき文字を空中に書いて、そして右腕を黒板消しのように動かしてサッと拭い去ってしまった。そう、ここで『あなたの名』を打ち消したのだからこの歌の主人公は「口にしそうになったが、結局しなかった」事になる。『つぶやきかけた』は「つぶやきそうになった」が"正解"として提示されたのだ。作詞者の意思として。

いや、わかっていたんだ、そうだろうな、って。後者の「つぶやきかけた」なら、もうひとつ目的語として「何に対してつぶやいたのか」について言及があって然るべきなのだ。つぶやくという動作に必ず指向性を求めるべきか否かは難しいところだが、「つぶやきかける」というのは「つぶやくという動作をある一定の方向に集中させる」という意味にとるのが普通なので「何に対して」が歌われていない以上、この後者の解釈は旗色が悪かった。そしてやはり、そうではなかった。

今回の事態は、ヒカルに何の悪気もないから更にやるせないのだが、どうにも芳しくない。勿論今からでも「あなたの名をつぶやいてしまった」体で歌詞の解釈を展開する事は可能だ。しかし、あまりにも気分的に白々しい。それ位に「作詞者の意図」というのは強力なのだ。ヒカルがそう言っているからそうなんだ。確かに、何の反論もする気が起きない。

このちょっぴりの切なさをさておいて、つぶやきそうになって掻き消した主人公の心境とじっくり向き合ってみるのが、ここからの流儀になる。先週まではサウンドの話が中心だったが、加えて歌詞の話も絡ませてみようという訳だ。はてさて、どうなりますやらですな。

しかし、真っ先に指摘したように、今のご時世「つぶやく」という動詞にはどうしたって「ツイートする」という連想が付き纏う。ヒカルがそれを意識しなかったと想像するのは難しい。ならば、もしかしたらこの主人公は、『あなたの名』を口に出しそうになってやめたのではなく、一旦スマートフォンで記入して、しかし投稿する事無く消去したのかも、しれない。ここの"誤解の幅"は、許容範囲だろうか。解らないけれど、その遊びも入れて進みますか。