無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

"嫉妬されるべき人生"という響き

『嫉妬されるべき人生』って強烈なタイトルだが、こんな日本語初めて見た、というのもまた事実。

例えば「驚くべき人生」なんて言い方をするもんだが、これは英語に直すと"a life that you should be surprised"というより単に"a surprising life"だ。主語に人間が来ない他動詞の翻訳は難しい。なので「〜べき」なんていう表現が用いられる。人間の主語を消す事が出来るからだ。(これが「驚く人生」だったら「…誰が?」って訊かれてしまうのだわ)

となると、「(人に)嫉妬させる」という他動詞が英語にあるのかな、と考えてみたが、私は心当たりがない。"envy"は"羨む"で主語は人間だ。

まぁそこはいいか。英語に詳しい人やネイティヴの人に任せる案件だ。

主眼はそこではない。「嫉妬されるべき」という言い方が"主語を消そうとしている"という点が重要なのだ。つまり、特定の誰かだから嫉妬心を持つのだというのではなく、誰もが嫉妬する為に、主語が不要になるような、そんな嫉妬。


これは「嫉妬」という概念の根幹に関わる、根幹を揺さぶる使い回しなのである。嫉妬感情の主たる構成要素として「何故あそこに居るのが俺じゃなくてあいつなんだ」というものがある。主語が誰であるかがこんなにも重要視される感情もないだろう、と思われるのが「嫉妬」なのである。だからこそ我々は『嫉妬されるべき人生』というタイトルを目にした時に異様な感覚に囚われたのだ。

果たして、特定の誰かから他の誰かに向けられるのではない、「普遍的な嫉妬」などという感情は存在するのだろうか。そして、そう形容されるに相応しい人生なんて本当にあるのだろうか。「あの人生は嫉妬されるべき」だなんてな。

これがお母さんの事だとしたらやや暴力的な強引さを感じるし、ヒカル自身の事だとしたら違和感が残る。私が共感できるとすればヒカルのパートナーだったり、或いは息子だったりか。確かに、宇多田ヒカルの腹から生まれるというのは「嫉妬されるべき人生」な気がするが、それだってこの界隈限定の感情だろう事は俺だってわかる。そんな矮小な歌なのだろうか?

かなりギリギリの線を狙った歌詞になっている気がする。そもそもが、矛盾ギリギリなのだ。主語を消し去って不変に近づこうとする営みの中で嫉妬は最も忌むべき感情とされてきた。嫉妬と普遍は縁遠い。嫉妬すら普遍に組み込む気でいるのならヒカルはやはり魅力的だ。