無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

自由の価値─なるする⑰

ヒカルは幼い頃に「歌うと親が喜ぶ」ということを学習していたように思うが、そこから更に、自分が歌うと「両親の仲がいい」事に気がついていたとすれば、なんだか切ない。

「6回も離婚と結婚を繰り返した」というエピソードも、今となっては圭子さんの精神状態の推移に合わせてのことだったのかと合点がいく。とはいえ、意図的にヒカルがそれを狙いにして歌っていたとも思わない。ただただそれは、自然にそうなっていったというだけで。

ヒカルの無力感は根深い。勉強が出来ることを「その間は自由に自分の思い通りに出来たから」と言う人だ。勉強って学校があれをやれこれをやれと命令してこどもの自由を奪う行為なのにね。その代わりに大人になってからの自由度を与えようとしてるんだけど。まぁ何しろ「勉めて強いる」ですからな。それですら自由を感じていたのだから余程親から奪われていた自由が大きかったのだろう。

しかし、それで不幸だった訳でも無いのがね。ヒカルにとって自由とはそんなものなのだ。『Prisoner Of Love』の『自由でもヨユウでも一人じゃ虚しいわ』の一節は、そんな親との生活が愛おしかったから出て来ているのかもしんないね。