無意識日記々

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音楽家の逮捕と現代の“配信停止”

沢尻エリカの逮捕を受けてソニーミュージックレーベルズがCDの出荷停止と音源配信停止を決定した、との報。見飽きた位にいつものタイプのやつなのだが、日本は少しずつストリーミングが普及してきている段階なので本当にそろそろ考え直した方がいいのではないか。

というのも、CDやダウンロードなら既に購入しているのだから個々人のリスナーが思い出したように聴いたりシャッフルで何年ぶりかの邂逅を果たしたりといった事も可能なのだが、ストリーミングではライブラリにブックマークしてあるだけなので配信停止の瞬間からリスナーが本当に何も聴けなくなってしまうのだ。ストリーミングにもダウンロードがある為機器をオフラインのままにしておけるなら暫くは聴けるだろうが機器を全くインターネットに繋がないならストリーミングの意味がない。何れはアクセスされて音源が聴けなくなるのだろう。全く以て由々しき事態なのである。

で、なんだが。ストリーミングの場合法的に結構難しい問題を孕んでいるかもしれない。

というのも、今回は沢尻エリカが概ね容疑を認めているから当てはまらないが、次以降のこういったケースで、ミュージシャンが逮捕されたものの本人は容疑を否認していて、更にその後の裁判で(推定だろうが何だろうが)無罪が確定した場合、逮捕時点でのストリーミング停止で起きた機会損失分について民事訴訟で損害賠償請求を起こされるのではないかという懸念が考えられるかもしれないからだ。だって無罪なんだもの。

誤認ではなくとも、逮捕とは単なる身柄拘束であって犯罪と犯罪者の特定ではない。容疑者という呼称からも明らかなように、疑いが掛けられ、逃亡他の手段を取られた場合に社会の福祉に反する事態になる事を避ける為に(と言い切るのも違うのだがここはまぁ理想論で)ちょっとお付き合い願いますかねという手順なのである。その時点でメディアが騒ぐべきなのは「まだ疑いの段階ですよ」という事であるべきなのだが、実質、かなりの多数が「逮捕=人生終了」のように捉えている。その現状は確かに如何ともし難いのだが、もしかしたら上記の“ストリーミング損害賠償請求訴訟”がどこかで現実のものとなった場合潮目が変わるかもしれないね。その時に必要なのは恐らく普段の再生回数。それに基づいて賠償額が決まるだろうから。となると、それはかなりビッグなアーティストでないと裁判を仕掛けない事になる。少額だと損だからね。

現実には、そういった訴訟の法的可能性が出てくる事になったら配信停止の違う理由を考えるか何かする事になるかなぁ。まだまだ始まって数年の新しい事態に法律がついてくるのは難しい。何がどこでどうなるかはのんびり眺めていたいと思います。