無意識日記々

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好きな歌口ずさ めるから

2006年発売の宇多田ヒカル名義4thアルバム『ULTRA BLUE』のシングル曲のリリース順は独特だった。

2003年に『COLORS』、2004年に『誰かの願いが叶うころ』をリリースしたあとUTADA期で暫し間が空く。そして2005年に1年5ヶ月ぶりに出した曲『Be My Last』がまぁなんとも荒々しい曲で、更にそのあとに出た『Passion』も捉えどころのない楽曲だったから、有り体に言えば宇多田ヒカル人気は冷え込んだ。が、その翌年2006年に出した『Keep Trying』がかなりポップでキャッチーな曲で皆が「ん?」となったところですかさずアルバム先行曲として『This Is Love』がリリースされて「おぉっ!」となってアルバムが結構受け容れられたのだ。聴いてみれば他にも『BLUE』や『Making Love』のようなわかりやすい曲があり、一体『Be My Last』と『Passion』の実験性は何だったのよ、となった。最初にわかりにくい曲が立て続けにリリースされて、そこから徐々に受け容れ易い楽曲がやってきた、という順序だった。

14年後の今、来るべき次のアルバムに向けて着々とシングルがリリースされている。が、その順序は『ULTRA BLUE』の時とは反対のように思える。『Face My Fears』と『Time』という如何にも宇多田ヒカルらしいリリカルでシリアスでエモーショナルでわかりやすい曲が続いた(と言ってもかなり間が空きましたけどね)後で、『誰にも言わない』という、『Passion』以上に捉えどころのない楽曲がリリースされたからだ。

リリースの順序というのはタイアップの事情に左右される為そうそうコントロールできる事ではない。ヒカルも作った順番通りにリリース出来なかった事があるかもしれない(『光』とかそうじゃないっけ?)。なので、アーティストとしての意図を勘繰るのは難しい。寧ろ、そういう順序になったことでリスナーたちがどういう反応をしたかという事を後追いでみながら流れを把握していくという感じじゃなかろうか。

そして次は、恐らくだが、シンエヴァの主題歌が来る。ある意味、『誰にも言わない』のお陰で、どうという身の振り方も出来る展開になった気がする。仮に『誰にも言わない』のポジションにまたもキャッチーでエモーショナルな曲が来ていたとしたら、シンエヴァでもそういう曲が期待されていただろう。宇多田ヒカルならやってくれる、と。しかし、『誰にも言わない』を挟んだ事で、ある種の“不気味さ”みたいなものが漂っている。次にどんな曲をリリースしてくるか、どんな曲調を期待すればいいかがわからなくなっているというか。こうなったらヒカルが主導権を握れる。やりたいようにやれるだろう。もっともこれまた、シンエヴァの制作過程からすると、もしかしたら主題歌は『Time』はおろか『Face My Fears』より前に作られているのかもしれず、それならリリースの順序とかどうしようもない話になりかねない訳だが、今の空気は、少なくともリリース側の躊躇いを減じてくれてはいるだろう。修正や差し替えの可能性を勘案する不安に苛まれる事から解放してくれる。そういう意味でも『誰にも言わない』は偉大な曲だ。セールス的にも再生回数的にも大したことが無い割に楽曲としてのクォリティは非常に高いので、これからリリースされる曲たちの安心感が違ってくる。なんだか、次のアルバムのあらゆる楽曲を優しく見守る立場に就くように感じてきた。この曲をあんまり気に入っていないファンも、たまには聴いておいた方がいいかもしれない。ラス前とかインスト後とか、そんな曲順でアルバムに収録される気がしています。