無意識日記々

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一人称は夢の中から?

@utadahikaru : 5歳の息子が日本語を話す時の一人称が「わたし」でたまらんばい posted at 22:01:06

@utadahikaru : 今ロンドンでは屋外でさえ他の家庭との交流が禁止されてて、学校が冬休みに入って友達に会えないのがほんと可哀想だけど、家でひたすら一緒にごっこ遊びしたり人生ゲームやったり、数少ない天気の良い日は公園で追いかけっこしたり、最近与えたポラロイドカメラで写真撮ったりして過ごしております posted at 22:15:39

日本では「僕っ娘(ぼくっこ)」という、一人称が「ぼく」な女子を慈しむ習慣があるが、対照的に「私っ息(…読み不明)」なる、一人称が「わたし」な男子を愛でる習慣は不肖私寡聞にして聞いた事がなく。ヒカルさんなかなか新しい萌えポイントを開拓していらっしゃる。

元々二次元で愛でられるような属性の数々は最初を辿れば三次元に具体的なモデルがいる事が多い訳でね。いや綾波レイヴァイオレット・エヴァーガーデンみたいな人間が実在したかはまぁ別として。抽出化された属性を組み合わせてキャラは造形され進化していくものだから。

とはいえ、今回のヒカルの愛息の一人称「わたし」案件は、そもそも

『夢に「ダヌパ」って名乗る人が出てきて「変な名前!」と印象深くて』

『昨日、夢の中で、私の息子らしき幼い少年に「僕の名前はダヌパです!」って自己紹介されたんす。』

というヒカルの発言から照らし合わせて、なんだろう、彼の、いや夢の中での彼のキャラクターに合っているというかね。いや一人称はこの時「僕」なんだけど、この夢が日本語だった保証もなく、実は「私」でもハマってたんじゃないかな、なんて事も思ったり。如何にもダヌパなエピソードというか。

といっても、実際は、彼の生活圏で日本語話者が母親しかおらず、一人称というものを「わたし」しか知らないということも大いにありそうでな。ここらへん、例えば日本語圏では男児が見知らぬ大人に話し掛けられる時に「ボク、どうしたの?」と言われたりするような、そういう経験が彼にないというか。一人称が最初直接自分の名前になるのも周りがそう呼ぶからだし、父と母がお互いをパパママと呼ぶようになるのも子に合わせての事だし、斯様に一人称というのは他者との相互認識の過程を反映する象徴であって、となると彼の一人称が「わたし」なのは彼の実存感覚が母親と分かち難い事の証左であるかもしれず、一方で確固たる自我の確立を以ての「わたし」かもしれず、いずれにせよ興味深い事態だとは思うものの、ヒカルさんが愛息に激萌えしているのが伝わってくるだけでこの案件の報告の価値は既に確定しているので後は各々の勝手な妄想に任せるとしよう。しかしリプライでダヌパ呼びはなかなかに度胸があるなっ。

そして、ロンドンは4月の状態に逆戻りだそうな。本当に大変だろうけど、こうやってツイートしてくれると色々と落ち着いて、いいもんだ。有難いことなのです。