無意識日記々

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桜の開花と桜色の血飛沫と

ほんとに優しいなーこの子はもうっ!

ETVアニメ「不滅のあなたへ」の主題歌として提供された新曲『PINK BLOOD』が同作の第2弾PVでほんの少しばかりだけだけどお披露目された。

悔しいけど、いい。なんでこんなに悉く出す曲出す曲総て素晴らしいの? 何なの貴女は?

いつも言っている通り、20年以上もミュージシャンをやっていればたまには調子が出ない時もあるはずなんだ。どれだけ一所懸命取り組んでも「まずまずの出来」にしかならない事がある。そんなケースがあったとしても、今までの圧倒的な実績があるんだから「たまにはそういうこともあるよね」と素直に受け容れていきたい、寧ろ、そんなに出色の出来でもないのに惰性や思い込みや拘りや身贔屓で絶賛してしまう事の方がお互いにとってよくない、だからそういう時は素直にそうだと言おう──そう思ってここまで来ている。

でも今回の新曲『PINK BLOOD』も文句無く素晴らしい。何なのこのコンスタントさは。ちょっとそろそろ信じられない安定感になってきた。冗談でも誇張でも何でもなく「中途半端な出来の曲を世に出す位なら死んだ方がマシだ」って本気で思ってんじゃねーのヒカルって。そうとしか思えなくなってきたよ。

『PINK BLOOD』。タイトルからはどういう作風か全く想像つかなかったが、まさかの正調宇多田ヒカル節。ド真ん中ドストライクの作風である。これだけ癖のあるアニメ作品の主題歌にこれを持ってくるとはね。

敢えて(かなり無理矢理)形容するなら「マイナーキーの『DISTANCE』」、或いは「『For You』と『Time』のちょうど中間地点」みたいな表現になるだろうか。ミッドテンポでシックでやや内向的でリリカルで切ないメロディを、親しみやすい等身大の歌詞で彩っている。今ちゃんと聞こえてくるのは最初の二行だけ、

『自分のこと癒せるのは

 自分だけだと気づいたから』

の部分だけなのだが、如何にもヒカルが書きそうな歌詞でありながら、しっかり漫画原作の「不滅のあなたへ」の主人公フシの身の上を表すセンテンスになっている。毎度のことだけど、魔法使いかお前は。私は漫画原作を5巻まで読んだところだが、ヒカルは多分もっと先まで読んだ上でこれを書いた気がする。自分が知っているフシの物語の先の方の予感がある。

そして、これがいちばんの驚きだったのだが、ヒカルが躊躇うこと無くこの作品の入口役を買って出たということ。「不滅のあなたへ」は結構敷居の高い作品で、基本的には異世界的な世界観で独自の価値観なりリズムなりが根底にある為、馴染まない人にはかなり取っ付き難い。少なくとも、地上波テレビでプライムタイムに始まる作品としては、わかりやすくいえば「お茶の間が微妙な空気になる」作風なのだ。

しかし、『PINK BLOOD』は非常に親しみやすい言葉とメロディで構成されている。ごく普通の(現代日本を舞台にするような)実写ドラマのエンディングで掛かっていても違和感がない。ところが、そこで歌われている心情は確り「不滅のあなたへ」の劇中に登場するキャラクターたちのものになっている。ヒカルの声がお茶の間にするりと入り込んでそのまま「不滅のあなたへ」の独特の世界に導いてくれるような、いわばスロープのような役割を果たしてくれている。…ってまだ本編始まるまで1ヶ月あるんだけども、きっとそうなっていると思うよ。私は既に確信している。

この第2弾PVを聴く前は、作品と曲がよりその独自性を強め合う、際立たせ合うような作風になっているのではないかと予想していたのだが、それは全く逆だった。ヒカルはオープニング・テーマ曲として、[その直前にお茶の間の視聴者の皆さんがどんな番組を観ていようが抵抗なく「不滅のあなたへ」を観始められる雰囲気作り]を可能にする曲を提供したのだ。なんというプロ意識。自分の役割をこう規定して実践できるとか、思い上がりとか不遜さとかと最も無縁な所に居るミュージシャンだな。徹底している。

そして、ほんとに優しい。この作品への愛を感じる。この作品に携わる人たちへの思いやりがある。この奇妙な作品が大衆に受け容れられるようにする為に一切の妥協をしなかった。プロとして、アニメーション・プロジェクト全体の中で自分の役割を見事に果たしたのだ。そこには微塵のエゴも無い。その上で、『PINK BLOOD』はアニメーションと全く無関係に、日本市場のトップ・アーティストとしての宇多田ヒカルの新曲としての機能も十全に持ち合わせている。ほんと、あんたどんな魔法使ってるの?

恐らくだが、この曲には余り時間を掛けられなかったのではないか。短い時間の中で急速にあるべきレベルまで楽曲を持ち上げる為に、正調宇多田ヒカルという最も得意な所に挑んだように思える。果たしてフルコーラスがどうなっているのか、毎度毎度々々々々の事ながら、楽しみで仕方がない。

余談になるが、この第二弾PV、劇伴音楽いいな! 声優陣の演技もかなりいいな! 声優の人選は、昨今には珍しく徹底して「キャラに合う芝居ができる人」を選んでいる気がする。最初の印象より随分高水準な作品になるのかもしれない。全員がこのたびの出逢いの幸運に感謝する、そんな期待を込めて、1ヶ月後のスタートを待ち侘びていきたいなと思った。『PINK BLOOD』。いやはや、ほんとにいいわこの歌も。