無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

とっとともっと

宇多田ヒカルのAメロのイメージといえば、ひとつには低音でじっくり歌い始めるあの感じがある。

『最後のKissはタバコのFlavorがした…』(First Love)

『友達でも恋人でもない中間地点で…』(Flavor Of Life

『人間なら誰しも当たり前に恋をするものだと…』(初恋)

そのイメージに沿えば、『PINK BLOOD』でのAメロは

『他人の表情も場の空気も上等な小説も

 もう充分読んだわ』

のパートになるだろう。で、これが他のヒカルの曲と較べて特異なのは、そう、このAメロのメロディが3分17秒の楽曲中たった一回しか登場しない点だ。

これはどういうことなのか。

ヒカルの曲の中でAメロに当て嵌める歌詞といえば、「広く浅い共感」とか「強がって外面を取り繕う気持ち」なんかがよくみられる。先述の『初恋』の一番Aメロ『人間なら誰しも当たり前に恋をするものだと思っていた だけど』なんかは「共感を呼ぶ歌詞」だし、同じく二番Aメロ『どうしようもないことを人のせいにしては受け入れてるフリをしていたんだ ずっと』なんかは「強がりからの」な歌詞だ。

『PINK BLOOD』では、そのAメロが一回しか出てこない。これはつまり、「わかりやすい&入ってきやすい導入部もそこそこにとっとと話の本題に入りたい」ということであり、もういちいち勿体付けた前フリから話し始める事もないでしょうという事だろう。他の誰かに伝わるようにというより、とっとともっと自分に言い聞かせなきゃいけないことが沢山あるのだわよ。

『王座になんて座ってらんねぇ』という江戸っ子な語尾に、そのせっかちな(笑)アティテュードが端的に表現されている。つやちゃんさんとのインタビューでヒカルはここら辺の歌詞について、

『他者と自己の関係のバランスの中でなかなか自分というものに比重がいっていない傾向にあった私が、自分がそれまで依存していたものを断ち切っていって自分で自分を肯定しアイデンティティを探していくという、「自分って何だ」っていう普遍的な話なんです(以下略)』

という風に語っている。他者から自己へと比重を移していく中で、今まで他者の為に書いてきたわかりやすいAメロを最短に纏めたところに、ヒカルのこの変化がよく表れている訳だ。これもまた、ニューアルバムの重要コンセプトのひとつ『My relationship with myself』ってテーマの反映となっていくだろうね。ここは覚えておきたいポイントのひとつになるでしょうて。