無意識日記々

mirroring of http://blog.goo.ne.jp/unconsciousnessdiary

But Not Found it on Twitter.

ヒカルのInstagramが更新されまして。小さなお花を見つけたということだが、Twitterでの告知が無い。単に忘れてるだけかもしれんし敢えてかもしれないが、どっちにしてもTwitterの重要度がヒカルの中で下がっているのだろうかな。

元々3ヶ月くらいの期間限定予定で始めてくれたサービスが今まで続いてくれてる事が有難いので基本好きにすればいいかなとは思うが、そこに至る経緯や心境というのは少し知りたいかな。

『Message from Hikki』の頃から更新頻度には波があったのでコンスタントさは求めていないが、最近は人間活動期(でいちばん呟いてた頃)よりもアウトプットが少ない。新曲2曲のリリースを控えるメジャーレーベル所属アーティストとしては、まぁ異常だわね。いつも言ってるようにプロデューサー兼任で常に多忙なので何の不思議もないとはいえ、大多数のフォロワーやリスナーはそんな事情は考慮に入れない。レアキャラ扱いが板についてる。

「世間」に対してテキストで発信する衝動がないというか。歌に託す分と子を育てる分に注力したらそのあと残っていないというか。ある意味見限られているのだけど「そんなことないよ」という意味も込めて「拾った」シリーズだけは投稿してくれてるというか。まぁそれならいいかな…。

なかにはヒカルが一言呟くだけで元気を貰ったり救われたりする人も在るかもしれない…というか確実に居るとは思うんだけど、だからといってヒカルにその負荷を与えるのを是とするのは違っていて。なんだかんだで市場でのブランド力を維持することがいちばんリスナーの力になるのならそっちにとっとと注力した方がいいからね。300万フォロワーともなると、一言の呟きに費やす思考量というのはかなりのサイズになると想定されるし。

あとは、こどもへの影響ってあるんかな? もう6歳とかだから、ネットサーフィンもするだろうし、そこで母親が叩かれてるのを目撃したら悲しいだろう。リスクを負うくらいなら何も発信しない方がという判断をするのは至極真っ当にも思える。

とはいえ、今後は情報飽和が初期状態な世代を相手にしてもいくので、情報の密度・分布・分散に関しては日々アップデートを強いられるだろう。商業音楽を志す以上それは仕方ない。

でもま、いちばん大きいのは「反応をうかがう」欲求がヒカルの中で薄れてるということか。『他人の表情も場の空気も…もう充分読んだわ』というヒカルが「みんなはどう思っているんだろう?」と不安に感じて問い掛けてみる、というターン自体が不要になったというのは有り得る話だ。あとは、全力で作った楽曲へのリアクションさえ知れればいいといったとこか。それすらもエゴサーチで済ませてるとなれば、敢えてこちらから発信することもないかーとなるかもね。Instagramがあるだけ御の字と思っときましょーかね。いや、読みたいけどねヒカルのテキスト!いつでも!