無意識日記々

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Part Of Hikki's World

繰り返しになるが、「リトル・マーメイド」の商業音楽史上の位置付けはこの際どうでもよい。ヒカルがその時それに出会ったという現実が重要なのだ。

ジョデイ・ベンソンの力量の程は、特に主題歌である「Part Of Your World」とその再登場かつ再編曲である「Part Of Your World(Reprise)」の歌い分けに顕著に顕れている。ここでベンソンは、殆ど同じメロディを以てして、陸に憧れる人魚の少女の可愛らしさと、王子に恋をした1人の女性の切ない心情をそれぞれに表現した。ここでポイントとなるのは、その歌い分けに際してアラン・メンケン&ハワード・アッシュマンによる作詞作曲が大いに助けになっていることに、恐らくヒカルが気がついていた点だ。

細かい話は省くが(本当は1週間かけて細部まで語りたい。それくらいに凝っている。)、彼らは音韻の配置によってベンソンの歌い分けを助けている。特に語尾の母音の揃え方と配置が巧みである。

ここらへんの技の冴えを、しっかりヒカルは受け継いでる。今回の『君に夢中』でも、例えばサビでは『むちゅう』『でじゃぶ』『たいぷ』『であう』など、ウの段の音で語尾を揃えている。これは単なる音韻の踏襲ではなく、恐らく「対称への集中」を演出するための道具立てなのだ。世界への広がりを感じさせるアの段の歌い上げや、詠嘆を感じさせるオの段の発声と較べ、ウの音はひとつのものに何かを集約させるようなイメージを喚起させやすい。母音による歌詞のイメージの補強術である。ヒカルはそういう手法を、まず最初にこの「リトル・マーメイド」の歌詞で学んだのではなかろうか。

この作品に最初に出会った事の何が幸運だったかといえば、そのような作詞作曲が出来る音楽家と、そのつくりの意図を汲んで歌で表現できる歌手が、確り揃って連携していた点だ。6歳のヒカルは、その渾然一体をダイレクトに受け止め、「作詞はこうあるべきだし、作曲はそれに合わせてなされるべきだし、歌はその意図を真摯に表現できなければならない」という哲学を、漠然とでも身につけたのではなかろうか。故にヒカルの作詞に於ける音韻とは、単なる言葉遊びには留まらず、物語と心情を伝える為の細かな道具立てとして進化してこれたのではないだろうか。なるほど、ならばあそこまで入れ込んで「Part Of Your World」を歌い上げるのも納得だ。歌手としてのみならず、音楽家としての出発点となる歌の1つだったのだから。