無意識日記々

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『This Is The One』をゴリ押す

今日はアルバム『This Is The One』の日本盤CD発売記念日。アルバム『BADモード』によって『EXODUS』が(極一部で)再評価されてたっぽいが、次の再評価はこの作品だろうかな。

とにかく不遇な作品だ。『EXODUS』は「宇多田ヒカルの全米進出失敗」の象徴としてよく取り上げられるが、こちらはもう単に存在が無視されている。何故ならその「全米進出失敗」というストーリーを描く際に非常に都合が悪いから。

チャート成績としてはiTunesUSAで総合チャート18位、ポップチャートで2位。まだCDが主体だったビルボードTop200ではデジタルリリースの2ヶ月後のCD発売で69位だった(アメリカの話ね)。この順位の意義が日本では伝わらない。全米の市場規模は日本の3倍以上あるんだから日本の69位とは意味が違う。このとき比較になったのは日本産ハードロックバンドLOUDNESSの全米64位だが、欧米のハードロックファンにLOUDNESSの全米進出が失敗だったと主張したら不思議な顔をされるだろう。ギタリストの高崎晃は今でもギターヒーローの一人として日本以外でも認知されているし、LOUDNESSは欧州メタルフェスの常連だ。全米64位というのは普通に認知されるレベルのまずまずの成功と捉えられている。勿論80年代当時の日本にとっては“異例の大成功”だった。時代は違うとはいえ『This Is The One』も似たような順位だったのだ。

これが非常に都合が悪い。全米進出失敗と叩くのは無理があるし、かといって大成功かというとそれも違う。書き手にとっては非常に扱いづらい作品なのだ。ストーリーを作れない。よって「なかったこと」にするのがいちばんやりやすい。故にこの作品は発売時期以外は全く音楽メディアで取り上げられることがなかった。

そんなジャーナリストや音楽ライターの都合に翻弄されることは、14年経った今はもうないだろう。今後は普通にその作品性と楽曲のよさで評価されていってくれれば嬉しい。

ただ、もう片方の事情も足を引っ張る。ヒカルの思い入れが他の作品と較べて相対的に薄い点だ。単純に、スターゲイトやトリッキー・スチュワートといった共同プロデュース陣にサウンドメイクを任せた割合が大きいことと、書籍『点』『線』の編集も同時並行していたので余りにも忙しすぎたのも大きかった。お陰でヒカルもまたこの作品についてプロモーション時期以外で語ったことは皆無。どこまで自分の手で作り込めるかを追究した『EXODUS』とは作品としての立ち位置が異なるのだ。

だがそれでもこれだけフックのある楽曲をズラリと並べられたのは流石の一言。特に『Apple And Cinnamon』は、宇多田ヒカルでは滅多に見られない「同じ歌詞をセクション丸ごと何度も繰り返す」ようなある種“手抜き”と捉えられかねない構成ながらメロディのミラキュラスな運び方は『光』などに全く劣らない。この曲を知らずに宇多田ヒカルライフを送ってきた人は人生損してましたね心から後悔して下さい。(<手酷いな!)

何より、バックトラックを共働者に任せたのでヒカルがヴォーカルに注力してるのがデカい。『DEEP RIVER』から『Single Collection Vol.2』を挟んで『BADモード』に到るまでバックトラックに宇多田ヒカル印の刻印を刻みまくってきた中で、ここまでヴォーカル重視な作風は異例中の異例。「歌モノが好き」という人にとって最高傑作は『This Is The One』だとなっても全く不自然ではない。

惜しむらくは時間の無い中で制作した事で1曲1曲が短く曲数も少ないのが物足りない…という見方も出来るが、私が常々主張してきたように30分余りでフルアルバムの構成力を堪能できるのは『Single Collection Vol.2』とこの『This Is The One』になるだろう。『Somewhere Near Marseilles ーマルセイユ辺りー』3回リピート分の再生時間と言えばその短さがわかるはず…ってあれこの喩え「長ぇじゃん!」って印象になっちゃう?逆効果??

ともあれともあれ。まだこのアルバムを聴いたことのない人や、最近全然聴いてなかったなという人は折角の発売記念日なので聴いてみる事をオススメする。36分程度で本編終わるから忙しい平日でも聴きやすいよ! 26歳のヒカルの艶っぽい歌声を心ゆくまでご堪能あれ。