無意識日記々

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『する日の(する日の)』『迄(迄)』

映画予告編動画で公開になっている『Gold ~また逢う日まで~』の歌の部分、最後に唐突なカットアウトでぶった切られてはいるが、その終わる直前、『いつかまた思い出話する日の花になる迄』の『迄』の部分で左右から、オクターヴに留まらない、つまり度数を加えたハーモニーが重なっている所は聴き逃さない方がいいかもしれない。ピアノバラードでセンターマイク1本での独唱かと思いきや、最後の『する日の』と『迄』にハモりが被さってくる。この入れ方は、ここから先の展開が独創的であることを予感させる。

毎度の話だが、ヒカルが新曲を出す際、タイアップ相手との絡みの部分と共に、シンガーソングライター宇多田ヒカルの創作傾向の経年変化というのもまた担わせるのが常道だ。担わせるというか、自然に出ちゃうのを押し殺さないというべきか。タイアップ相手に忖度して自分自身を出すのを躊躇うことをしないというか。オファーとインナーモチーフ(依頼と内的動機)の両方が交わる地点に新しい曲が芽生えるというところだ。

そう考えると、では今の宇多田ヒカルはどのような創作の流れにあるのかという話になる。『Fantôme』~『初恋』~『BADモード』ときて今どこに居てどちらに向かっているのか。(ここに『T』を入れるべきか否かは微妙な所。共作というかゲスト参加に近いからねぇ。位置取り的には『One Night Magic』より『あなたが待ってる』の方に近いかな?)

アルバム『BADモード』を振り返ると、ストレートなバラードソングが皆無だった。『First Love』とか『誰かの願いが叶うころ』みたいなね。部分的にはあったよ、『誰にも言わない』の冒頭部分とか、『Find Love』の後半とか。でもまるまる1曲となると無かったなぁ、と。

そのひとつ前の『初恋』にまで遡ると、タイトルトラックはドラムレスだし(ティンパニはあるけれど)、『残り香』にはヒカルの音しか入ってないし、『夕凪』も随分サイレントでダウナーだったなとなると、バラードと言っていいかはわからないが、随分と落ち着いた作風に依っていたなと。

この流れをどう読むか、よね。宇多田ヒカルの次のアルバムは、アッパー気味だった前作からの反動でまたアルバム『初恋』のような落ち着いた作品になっていくのか、それとも更にアルバム『BADモード』のイケイケっぷりを推し進める傾向になるのか。

そこらへんを見極める好材料になりそうなのがこの『する日の』『迄』のバックコーラスハーモニーなのだと思われる。メロディのアタマの方ではなく、語尾の方をハモりで強調してくるとなると、次のパートはそこからぐわっと来そうな予感はある。勿論、ピアノ1本からストリングスが入ってきて、というバラードの王道かもしれないし、はたまた『Passion - after the battle -』みたいなことになっているかもしれない。しかし、このまま同じ調子でというとはないんじゃないかなと。さて、どうなるだろうね? そろそろ次の予告編が公開されてもいい頃合いなんじゃないかねぇぇ??