無意識日記々

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"何か"

光の作品でいちばんインパクトがあったものは何か、と問われた場合どう答えるか。やっぱりAutomaticやFirst Love等、初期の作品を挙げる人が多いだろう。しかしそれは、ほぼ何にもない所に宇多田ヒカルが登場してきたからだ。人は変化の変化に反応する。0点が100点になった時のインパクトを超える事は、もはや不可能なのだ。次200点取ったとしても人は0点→100点の時程感動しない。100点が200点になったとしても100点増えたと思うより「2倍になった」程度にしか受け止めない。1点が2点になっただけなのだ。

ミュージシャンはとかくこういう比較を受ける。後からファンになった人間は「なんで昔からのファンはこんな曲を有り難がるのだろう?」と不思議がる事態に陥るが、「何にもない所にいきなりこの曲が現れたと考えてみるといい」。ヒカルの場合、それがなんと今聴いても素晴らしいAutomaticやFirst Loveだったのだから恐ろしい。特にFirst Loveは邦楽史上に輝くスタンダードナンバーと化してしまったのだから、この曲をほぼ最初に出してきたあの時のインパクトを超えるのはほぼ不可能だ。

中毒発売時16歳の時に"将来こうなる"事を予想して"一生AutomaticとFirst Loveの宇多田ヒカルと言われても構わない"旨言い切っていたのは今から思い返してみてもその冷静さと洞察力に感服するが、光は光でその後の音楽活動に於いて自信をもてる結果を残していきたいという葛藤があった筈だ。

私の場合、今までで最もインパクトがあったのはPrisoner Of Love EP と Sanctuary Opening & Ending である。確かにFirst Loveを初めて聴いた時も「世界でもトップクラスの才能だ」と驚愕したし、travelingを初めて聴いた時も「Popsのお手本だ」と手放しで喜んだし…なんて言い始めると正直キリがないのだが、この2曲、というか、それぞれが「2曲の組み合わせ」なんだ。そこが謎なんだ。

脈絡を総てすっ飛ばして結論だけを書くと、光はそのインパクトを一曲にまとめることがまだ出来ていないんだと思う。私は私で、何とか2曲に分裂してしまった"何か"を自分の中で再融合させてその"何か"の一端に触れる事が出来たんだと思う。ここまで来ても尚、宇多田光にはまだまだ"ストレートに一曲にまとめきれない""何か"が秘められている。それを知った者として、それに触れてしまった者として言いたい。彼女はまだその本質を総て出し切れていない。12年全力で頑張り続けてきてもまだ、彼女の中に、自分で届いていない領域があるのだ。

年齢を考えても、その"何か"に今後近づくことはなく、遠ざかる一方になるという可能性だって、ある。神様というのはそこは賢しく気が利いていて、そうやって本質から遠ざかり始めると富や栄光を与えようとする。『栄光なんて欲しくない』と声を振り絞って叫ぶ光は、自らの本質に近づき続ける事を諦めてはいないのだ。割の合わない話だが、宇多田光として生まれ、宇多田光として生きていくとはそういう事。この切なさは、世界の核に触れる事で生まれている。何を言っているのかよくわからないが、光には音楽家としてまだまだやる事、やれるかもしれない事が存在するのだ。まだまだここからが長いんだよ、諸君。