無意識日記々

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嫉妬と羨望の話

もう少しenvyとjealousyの話を。違いは何なのか。この日記なりの解釈を書いておく。

この2語は幾らか意味が重なる。というか、そこまではっきりした区別がある訳ではない。ただ、envyを嫉妬と訳すケースよりjealousyを羨望と訳すケースの方が遙かに少ない。基本的には、envyは羨望かつ嫉妬ではあるが、jealousyは嫉妬ではあってもなかなか羨望にはならない。この非対称を生む理由についてはかなり長くなるし余り重要でもないので割愛する。

『嫉妬されるべき人生』は『A life to be envied』だから“嫉妬=envy”という図式が成り立つ。“人生=a life”だし“されるべき=to be”だ。それで間違い無い。

仮に『A life to be envied』を「羨ましがられる(べき)人生」とでもしたらメロディーには乗せづらい上に表現としてはごく普通だ。羨望は好ましい感情だからね。他方、嫉妬は醜く歓迎されない感情である。それを敢えて『嫉妬されるべき』と好ましい事であるかのように用いたからこそこの曲のタイトルにはインパクトがあったのだ。

嫉妬と羨望の違いは話者の現在の立場への評価である。「なぜ私ではなくアイツがそこに居るのだ?」即ち「お前そこ代われ」が嫉妬であり、「羨ましい。自分もあんな風になりたい。」即ち「あなたと同列に居並んで同じ景色を望みたい。」というのが羨望である。……それぞれの具体例を出そうと思ったが荒れそうなのでやめておこうか(笑)。

誰かを押し退けて自分が代わりたがるから嫉妬は忌避される。周りからすりゃ人が入れ替わっただけだし特にメリットはない。イザゴザがあっただけマイナスだ。羨望は、それに向けて誰かが新たな努力を始める契機になるから歓迎される。周りからすれば新たに高みを目指す人間が生まれる訳で大きくプラスだ。好ましいか好ましくないかはそこらへんの違いに由来する。

さて。こういうエントリーが人気無いのは解っている。まぁいいじゃないか。そしてここで問題になるのは『to be envied』という3語の並びとなる。羨まれるべき、という響きをどう捉えるか。今回書いた事を踏まえた上で具体的に歌詞を見ていきたいと思っていますよ。── 例によって、本当に続きを書くかどうかはわかりませんがねw