宇多田ヒカルはファンから作詞家として高く評価されているが、その殆どはボブ・ディラン的な「詩人」としての評価であって、チャック・ベリー的な「声を楽器として鳴らした時の響きの為の歌詞を作る人』としては余り評価される機会が無い。確かに、そもそもそういう曲は余り書かないのだが、そんな中でも『甘いワナ〜Paint It, Black』は楽器的な作詞の秀作である、という話だった。
同曲で白眉なのは何といってもAメロの切り込み方である。このパートの「口に出して歌ってみたくなる」感の強さってばよ。
『街で偶然会う度に
深まっていった疑惑
行く先々に現れる変なヤツ
いつもあぶないことばかりしてるから
どうしても気になっちゃう
Love trap』
ポイントは幾つもある。『街で偶然会う度に』の耳心地のよさは、その子音の総動員感にある。ローマ字で書き起こしてみればわかるが、
『MA CHI DE GUUZEN AU TABINI』
ご覧のように、子音がM、CH、D、G、Z、T、B、Nと、この短いセンテンスの中で8つも繰り出しているのにひとつも被っていない。歌ってみればわかるが、とても口の中がせわしない。このめまぐるしさから歌を始める事で瞬く間に楽曲の世界観に切迫感を与えている。文章として意味が通っていて自然な為そのまま素通りしてしまいそうだが、この楽曲の歌詞がもたらす生理的快感の罠はオープニングから全開なのである。
更にここですかさず『いつもあぶない』の三連符をぶっこんでくるから油断がならない。三連符ってのは、いつもなら四文字で歌うとこを三文字で歌うことだ。リズムのアクセントが一瞬変化するのである。ここの巧妙さだよ全くもう。
そうしてこうやって翻弄しておいて『どうしても気になっちゃう』を『どうしても気になっちゃ』で一瞬寸止めするのだ。ここの押し引きのいやらしさよ(笑)。まさか切り離した『う』の字をそのまま引っ張って『う〜Love trap』って歌うとは思わんよな。英語で“Woo”とか“Uh”とか歌ってるかと思ったら違うんだよ。ほんと何やってんのさアンタ。
……って、一番のAメロについて力説してるだけで終わっちゃったよ!(笑) まーこれ読んで甘いワナを「おー、久々に聴いてみるかー」と思ってくれればこれ幸いでございますよっと。