無意識日記々

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シックリシック・フック&リリック

順調に『PINK BLOOD』の再生回数が伸びてるので試しに「チャートの中の一曲」として聴いてみた。今聴いてる曲にフォーカスするのではなくて、いろんな曲を鳴らして全体の風景を想像する感じで。普段あんまりやらんやつやな。音楽評論家の皆さんはそんな感じで聴いてる気がするけど。

で、聴いてみると、断トツにアダルトなんだね『PINK BLOOD』って。チャート上位に居るBTSとかYOASOBIとか、如何にもこども向けで、いやストリーミングのヴォリューム層がそこだから当たり前なんだけど(少年ジャンプの読者って少年少女ばっかだな!って言ってるようなもの…っておっさんおばはんも読んでるけどな)、その中でも宇多田ヒカルは図抜けて大人っぽい。ただ、エロいというには周りがえらくウェットで、かといってドライになり過ぎずにいつも言ってるシック(chic)ってのがいちばんシックリくる。つまり、抜群にお洒落さん。…いや今私が言った「シックがシックリ」は洒落ってか駄洒落さんなんですけどね…。

こういうのは得てして取っ付き難くてそそくさとスルーしてしまうのがお洒落すぎさんを苦手とするJ-Popリスナーの伝統なのだが、ここで特定のリリックがいきなりこちらに迫ってくる。『自分の事を癒せるのは自分だけだと気づいたから』とかね。その鋭さたるや。お陰で、シックな中にも親しみ易いというか自分にも届くフックラインが見つかって、「うわ、かっこいい…」と惚れてしまう。こういうパイセンマジックって、そうなのか、若いファンほど陥り易いのね。

なるほど、以前書いたようにこれって「結論としてポップ」なんだなと。他のアーティストやグループの皆さんは出来るだけわかりやすく、伝わるように時にバカみたいなまでに全てを俎上に載せてというか皆が見える所で全部見せてアピールしてくるけど、ヒカルの場合は大半の要素が水面下に蠢いていて、端っこだけがひょこっとしかし鋭く突き出てくるというか。まさに氷山の一角のように。他の連中が全部の氷を水面の上に載せている間、殆どの氷を沈ませて、ほんのちょっとだけの部分を使って“Pop field"で勝負している。なんというか、改めて、凄いなと。

しかし、そうなった場合普通なら威圧感というか恐怖感というか圧倒的というか、後ろにあるものが何なのかわからなくてひたすら不気味な感触が先立ちそうなもんなんだけど、それ以上にヒカルの作るサウンドと言葉は優しい。怖気付く前に既に優しく包み込まれているから、鋭い言葉が刺さってきてもそれを悪いものだとは感じない。他の若いアーティストたちの「サービス満点ぶりな甘やかしぶり」に較べれば素っ気ないくらいだが、結果受け容れられた時の安心感は凄まじい。チャートの中で、明らかに一人だけ異様である。

『One Last Kiss』もそうだ。イントロだけならシンプルを極めていてちょいとお洒落さん過ぎるのだが、そこだら切り込んでくるリリックが『初めてのルーブルはなんてことはなかったわ』だからね。そしてサビのシンプル極まりない『oh oh oh oh oh』のフックライン。まぁ完全にノックアウトですわね。

ひとりだけ背後に不可視のしかし長大な物語を背負いながらその中の僅かなセンテンスで攻略してくるという、現行では誰もやっていない(そもそもやりたくてもやれそうにない)方法論でチャートの上位に食いこんでくる宇多田ヒカル。本来ならこういう歌はもっと高い年齢層から支持をわんさと受けたい所だが、歳とると忙しくて歌聴いてる暇とか無くなってくるのよねぇ。子育てとかしてたら尚更な。そこらへんが解決していけばまたさらに売れそう。また少し世代が遷移したらね。

以上、チャート聴いてる人達からみたらヒカルってこんな風に見えてるのねぇ、というお話でしたとさ。普段こういう風に聴いてなかったから新鮮だったわ。