無意識日記々

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鳥の目 虫の目 宇多田の目


私には珍しく(?)、歌の解説動画というものをみてみた。


https://youtu.be/acpqszuf8Bk


YouTubeらしい早口と編集で、この手の動画にしては長めの15分という尺で無駄なく必要な事をこれだけ並べ立ててどれも的確な指摘というのはこの人普段からよっぽどこの種の動画を撮り慣れてるんだろうなと思うし、何より指摘したポイントをちゃんと総て網羅して実際に歌唱してみせてるところが素晴らしいのだけど(目がマジなのを隠す為に照れ隠しで茶化すのも含めてね)、それでも元のヒカルの歌唱ポイントの半分も再現できてないのだから元の歌唱が如何に繊細で考え抜かれたものかというのが逆説的によくわかる。


実際、『何色でもない花』をヒカルの歌唱無しで堪能しようとしても結構難しい…というか、この曲のもつポテンシャルを引き出し切れないのよね。お誂え向きに昨日ちょうどドラマ「君が心をくれたから」のサントラがリリースされたので、晴れて劇中で使われていた『何色でもない花 Piano Style Ver. 』をゆっくり堪能する事ができた。


このバージョンはピアノメインのインストで、曲の前半部分(前書いたABCABC部分)を、元のアルペジオをほぼ残したままピアノの単音でヴォーカルラインをなぞるというシンプルなもの。これを聴くと改めて、素朴な割に芯の通ったメロディの良さを噛み締めると共に、やっぱり歌詞と歌唱が果たす役割も大きいんだなと痛感できる。とても順当なインストで非常に有り難い。


実際のところ、歌が上手くなればなるほどメロディの輪郭は曖昧になって歌のアピール度は減じられていくものだ。あとに残るのは「この人歌上手いね」だけとなって楽曲の良さは置き去りにされる事が多い。しかしヒカルは、メロディのシンプルでクリアなアウトラインをしっかりとキープしながら、自らの歌唱で細かいニュアンスを伝えていく事を怠らない。これはそうそう出来ることではない…のだけど、日本語歌手に余り「歌が上手過ぎて曲を潰すタイプ」が居ない為その凄みは伝わりづらいわね。


これが出来るのは、ヒカルが楽曲を顕微鏡でも望遠鏡でもどちらでも見る事が出来ているからだろう。鳥の目虫の目ってやつですね。作編曲家としての俯瞰的視点と、歌手としての近接視点のどちらも非常に高精度に機能しているということだ。なのでこうやってピアノインストで楽曲全体のアウトラインを明確にして提示されても魅力的だし、歌唱の細かいポイントを追究していってもいつまでも終わらないくらいに細かくフレーズを歌い分けてその魅力に奥行きと深みを与えている。単純にいえばシンガーソングライターだねってことなのだが、そのレベルがどちらも恐ろしく高いのだ。


当たり前の事を言っているようだが、ヒカルが老若男女幅広く支持を集めている要因の一つだから見逃せる話でもなく。特に今年はデビュー25周年で、新しい世代にもアピールしていく中で、ベテランとして昔馴染みのファンにのみ合わせた作風に傾倒する事がまだまるで全然無いというのは注目に値する。しかもその態度がデビュー前からずっと不変というのだから堪らない。『何色でもない花』のチャート成績の好調を目にして耳にして、そんな事を改めて噛み締め直していたのでありましたとさ。