無意識日記々

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支度

次のセンテンスは、『About Me』の中でいちばん解釈の幅がある一文かもしれない。今回の力点は、従って、・訳の比較というよりは、この一文をどう読むかという所に置く。私なりの解釈を書くが、ここはどう取っても構わないと思うよ。

『When you are not watching

 I prepare myself for you』

グーグル先生、DeepL先生、新谷訳、宇多田訳は次の通り。

G:見ていないとき 私はあなたのために自分自身を準備します

D:あなたが見ていないとき 私はあなたのために自分を準備する

S:あなたが見ていない時に

私はあなたのために支度をする

U:あなたが見てない時に

私はあなたのために支度をする

SとUがほぼ同じだね。ここでは、『prepare』を『支度』と訳してるのがポイントだ。大体は、GやDのように「準備」を宛てることが多いからね。

なぜ「支度」という言葉を使ったか。私が思うにこれは「嫁入り支度」のことなのだと思うのだ。

元の文は『I prepare myself for you』、my self=私自身を、for you、あなたのために準備するというのだから、なるほどこの献身な感じは嫁入り支度なのかなと。

例えば『誓い』では、「結婚」という言葉は直接使わずに、『証人』とか『指輪』といった言葉を使って、「結婚式の誓いの言葉」を連想するよう誘導した。歌詞のイマジネーションの為に直接言うのを避けつつね。なので、ここでも、対訳とはいえ似た効果を狙ったのかなと。「嫁入り支度」と直接言わず、『支度』と少し曖昧にすることで、歌詞として(対訳として)押しつけがましくならないように配慮されている、と。

そう解釈すれば、一聴一見ではやや意味の分からなかった『あなたが見てない時』という一節のイメージが湧いてくる。彼女の方は結婚のための支度を調えていこうとしてるのに、彼氏の方はどこかそういうのに熱心でないというか、そんな雰囲気なので彼女の方がひとりで淡々と物事を進めていっているのではないかなと。支度の現場に彼氏が居ない、と。つまり、この一文は、結婚への意識の中に二人の間でややズレがある、ということを伝えてるのではないかなとね。『支度』という言葉のチョイスに、そんな意図を感じるのだ。

果たして、このあとこの歌は、サビから以降で未来の奥さんによる不安と期待の交錯が歌われることになるのだけど、そもそも、この歌って現実に基づくものなのかどうか。ヒカルさんに聴いてもきっと「歌詞は歌詞だし」とまともに答えてくれないと思うけど、どうにもこの歌のもつ切実さはフィクションに思えないのよねぇ。だからきっとライブで歌われることはないと思ってたのに、こうやって歌った。そこのところを更に対訳の違いを追うことで探っていきたいぞな。